等身大VRとドローンで「行けない」を「行ける」に。「遠隔アクセシブルレース観戦プロジェクト/ Boooom!」の挑戦

株式会社シアンは、2018年の創業以降、主に障がいのある方や高齢者に向けて、「行けないを行けるにする」をミッションとし、バーチャルツアーが楽しめる「空力車(くうりきしゃ)」等のサービスを展開してきました。ドローンやVRの技術を活用し、空力車等を社会実装することで誰も取り残さない世界の実現を目指しています。

Mobility for ALLでは、これまでに培った経験をもとに「遠隔アクセシブルレース観戦プロジェクト/ Boooom!(ブーン)」を企画・開発。岡山国際サーキットに行かずとも、誰もが臨場感をもって「体感」できる場づくりに挑戦します。

プロジェクトの内容

10月15日・16日のイベント会場は、岡山国際サーキットから直線距離で約23km離れた津山市街地にある「岡山トヨタPLATPORT」。等身大VRでサーキットやバーチャルツアーの映像を投影するほか、遠隔でドローンの操作が体験できる企画も実施予定です。

等身大VRはプロジェクターを2台設置し、縦約2m、横約7mのスクリーンに没入感ある実物大の映像を映し出します。ゴーグルを使用しないため、13歳以下の子どもや、首に障がいがありゴーグルがつけられない人も楽しむことができます。

等身大VR
等身大VR

岡山国際サーキットの当日の様子をスクリーンに投影し、バーチャルツアーが進行。イベント会場でMCを務めるのは、車いすで生活するYouTuberの渋谷真子(しぶや まこ)さんです。A級ライセンスをもったオンラインガイドも出演予定で、来場者との掛け合いもある交流型のバーチャルツアーが企画されています。

もうひとつの目玉企画が、ドローンの遠隔操作体験です。ドローンは、コントローラーを操作する「PLATPORT」から直線距離で約20km離れた美作市上山地区の棚田を飛行します。離れていても、上空からの映像を自由な角度で楽しむことができるのです。

棚田
美作市上山地区の棚田(6月)

「遠隔アクセシブルレース観戦プロジェクト/ Boooom!」の準備を進めている株式会社シアン・代表の岩井隆浩(いわい たかひろ)さん、研究戦略責任者の齊藤駿(さいとう しゅん)さん、佐野友香(さの ゆうこ)さん、平賀暉章(ひらが てるあき)さんに、プロジェクトの詳細や思いを聞きました。

絶対にそこに行けない人達の「行けない」を「行ける」に

プロジェクトのベースとなったサービス「空力車」について教えてください。

岩井(敬称略)
ドローンとオンラインツアー、両方の要素が入っているサービスで、2018年の1月に創業した約半年後、2018年の6月にスタートしました。当初のコンセプトは、リアルタイムバーチャルツアー。ドローンからの映像を、地上にいる人がVRゴーグルで見て、普段見ることができない景色を楽しむというものです。

スタートして間もない頃に興味を示してくださったのが、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の髙野元(たかの はじめ)さんだったんです。「めちゃくちゃ楽しい。こんなのが世界中にあったらいいよね」と、本人は喋れないので文字ベースですが、言葉をいただきました。

髙野元さん
髙野元さん

それが大きなきっかけだったんですね。

齊藤(敬称略)
髙野さんが興味を示してくださったことと、当社のメンバーのひとりに車いすユーザーの中野がいることから、「『行けない』を『行ける』に」をミッションにサービスを提供してきました。車いすを空に飛ばすというイメージで、空力車のサービスのロゴには車輪と雲がついています。

rogo

2018年の8月以降は、車いすユーザーの方だけではなく、介護施設にいる患者さん等、高齢の方にも感動してもらえるのではないかと取り組んできました。

私の祖父が脳梗塞で寝たきりになったとき、看病しながら母が「最後に鎌倉旅行に連れて行きたかったね」と言ったんです。その言葉をきっかけに、鎌倉でお寺の散策ツアー、ドローンでの由比ヶ浜等も見渡せる空力車のツアーを決行し、祖父は会話ができない状態ではありましたが喜んでくれました。

家族としてサービスを受けた側としても、社員としてサービス提供した側としても、心に残っている事例のひとつです。終末期の別れにテクノロジーで寄り添えたことから、どんどんいろんな人に体験してもらい、空力車をベースにシアンとして世の中に貢献できたらと取り組んでいます。

空力車
空力車での鎌倉旅行の様子

車いすで生活している人、認知症で施設にずっといないといけない人等、移動に制約を抱えている人を中心に、子どもから高齢者まで、サービスを提供していきました。約5年間で延べ400人くらいには提供してきたと思います。

コロナ禍となり、バーチャルツアーやオンラインツアーは決して珍しくないサービスとなりました。旅行に行けない人の体験を代替するという立ち位置が多い中、当社が違うのは、何かしら身体的な制約がある方を中心にサービスを提供してきた点です。バーチャルツアーを通じて喜びの感情や気持ちの変化が生まれ、体の調子が良くなる、生きがいが出てくるといった効果もあるのだろうと、様々な指標を組み合わせて、バーチャルツアーの可能性を探求しています。

空力車

「Mobility for ALL」に応募したきっかけは何ですか?

岩井
実はプロジェクトについて知り、ホームページをメンバーでチェックしたときは、僕達に何ができるのか、マッチングが難しいと思いました。僕達のサービスの柱はバーチャルで、「リアルな現場に行く」ということではないからです。

けれど、例えば僕達は今、関東に住んでいますが、障がいのある人が今回のように岡山まで移動してレースを見に行くことはかなり難しいですよね。そういう人達が世の中にたくさんいるという現実は、これまでの経験で知っています。

絶対に行けないならば、現場に行かずとも行ったかのように楽しめる世界観を、シアンならつくれるのかな」という話をメンバーとしたところ、等身大VRやドローン等、僕達が今まで取り組んできたことを総動員すればできるんじゃないかという話になり、応募しました。

「『行けない』を『行ける』に」というミッションについて教えてください。

岩井
シアンのメンバーのひとりに、車いすユーザーの中野がいます。彼がドローンを初めて操作したときの感想が、「『行けない』が『行ける』に変わった」だったんです。

彼はカメラが趣味なんですが、例えば「階段を3段上がればめちゃくちゃいい景色が見られるのに、僕はそこに写真カメラを持っていけない」といった経験をしていたんです。ドローンを使えば、そんな制約はゼロになって、撮りたい写真や映像が撮れる。僕達健常者はドローンのモニターを見て「(普段見られない風景が)見られた」という感覚なんですが、彼は「行けた」という感覚になったらしく、その言葉をずっとミッションとして掲げています。

岩井さん(中央)と中野さん(右)
岩井さん(中央)と中野さん(右)

全ての人が楽しめるものこそがユニバーサル

当日はどんな方が会場に来られる予定ですか。

岩井
当日にならないと分かりません。なので僕らもドキドキです。でもそれが本来あるべき姿かなと思っています。遠隔で誰もが参加できるパブリックビューイングイベントをつくるというのが目的なので、参加者は決め打ちではなく、誰が来ても楽しめるように設計しています。

障がいのある方、ない方、もちろんどなたでも参加OKです。普段から「空力車」等のバーチャルツアーを提供する際も、障がいのある方だけでなく、全ての人が楽しめるものこそがユニバーサルなのだろうと思っています。

今回は一応、車いすユーザーの方をアバウトに想定して準備を進めてはいるんですが、子ども連れの方等も楽しめるようなコンテンツにしたいねという話もしています。

 Boooom!準備

バーチャルツアーの内容を教えてください。

佐野(敬称略)
スーパー耐久レースを投影するほか、バーチャルツアーではレースが始まる前に車やレーサーの近くに見学へ行くイメージで、カメラマンが撮影するライブ映像を投影します。また、来場者に車に乗っているような体験もしてもらえたらと考え、車載映像も準備しました。

私はペーパードライバーではあるのですが、先日、サーキットを時速約90kmで走り、カメラマンと一緒に撮影してきました。オンラインツアーに盛り込んで、「じゃあそろそろ私達も走りに行きますか」といった展開で、サーキットを走るような感覚を味わってほしいです。

バーチャルツアーは、イベント会場のMCとオンラインで参加するガイドが進行し、会場の方々と交流できる形で計画しています。イベント会場のMCは車いすYouTuberの渋谷真子さん。動画を見ているだけで元気がもらえるパワフルな方です。障がいのある方もない方も、「これからいろんなことにチャレンジしよう」といった可能性を感じてもらえたらと思い、オファーしました。当社の育成するオンラインガイドも一緒に会場を盛り上げます。

生配信で現地のイベントの映像を流しながら、ときどきクイズを出題する等、知らない人同士でも盛り上がれて、キラキラした思い出がつくれるような場を目指しています。

佐野さん
過去のオンラインツアーの様子。画面に映っているのが佐野さん

ドローンの遠隔操作体験はどんな内容ですか。

岩井
当初の予定は、岡山国際サーキットでドローンを飛ばし、空から自由にレースを観戦してみようというプロジェクトで提案したのですが、会場での飛行が禁止ということで別の企画となりました。

ドローンを遠隔で操作できると、未来が広がります。例えば障がいのある方が自宅のベッドの上からでもドローンを飛ばし、離れた田んぼの肥料散布ができたり、ソーラーパネルの点検ができたりと、仕事にも繋がるでしょう。そういった未来を感じてもらえたらと、美作市上山地区の棚田をドローンで飛行する企画になりました。

ドローン
操作はどこからするのですか。

平賀(敬称略)
ドローンのコントローラーは、会場である「PLATPORT」にあり、そこから直線距離で約20km離れた棚田の上空を機体が飛行し、撮影します。遠隔ドローンの操作を体験したいという方は、当日「PLATPORT」に来ていただければ、どなたでも操作が可能です。

遠隔操作のため機体が飛んでいるその場に人がいないということで、「これが未来か」と驚かれる人も多いですが、今回のように通信システムを使ってインターネット環境があればどこでも実施可能です。コントローラーのボタン操作はゲーム感覚で行えるので、子ども達にも楽しんでもらえると思います。

ドローンのチェックをする平賀さん
ドローンのチェックをする平賀さん

ユニバーサルなイベントの可能性

今回のプロジェクト後の構想を教えてください。

岩井
当日、どんな方が来られてどんな感想をもらえるかでだいぶ変わるとは思いますが、今回のイベントでは、テクノツール株式会社によるレースゲーム等の企画があるほか、地元の高校生がイベントを盛り上げてくれます。

世の中にあるテクノロジーを集積させれば、例えば東京で岡山のレースをもっとリアルに体験できる、そうすると、今までレースに興味がなかった人がレースの新しい楽しみ方を知るきっかけにもなりますし、新たなレースファンの獲得にも繋がるかもしれません。

障がいの有無に関わらず、誰もが参加できるというコンセプトで僕達はサービスやイベントをつくってきました。様々な方が参加するフェスのようなユニバーサルなイベントを育てていけたらと思います。

岩井さん(左)と齊藤さん(右)
岩井さん(左)と齊藤さん(右)

おわりに

等身大VRとドローンを使い、その場に行かずとも「体感」できる場づくりへの挑戦は、「絶対に行けないならば、現場に行かずとも行ったかのように楽しめる世界観をつくる」という視点でスタートしました。

「行ったかのように楽しめる」だけでなく、バーチャルツアーでの交流や、約20km離れた棚田を上空から眺める体験等、現場に行かない遠隔だからこその驚き、楽しさもありそうです。ドローンやVRの技術が実装された未来を感じに、会場に行ってみませんか。

渋谷真子さん

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