靴に装着し振動で誘導する「あしらせ」。視覚障がい者の安全な歩行を追求し、非日常的な場所を「行きたい!」の選択肢に

あしらせ

2021年に創業した株式会社Ashirase(あしらせ)は、「人の豊かさを“歩く”で創る」をミッションに掲げています。

創業前から実験を繰り返し開発を進めてきたのが、視覚障がい者の単独歩行を支援するナビゲーションシステム「あしらせ」です。

靴に装着し振動してナビゲーションを行うデバイスと、目的地を設定し位置情報等を把握する専用のアプリで構成されています。

安全に歩行し目的地で楽しく過ごすためのサポートを追求することで、「行きたい!」と思える場所の選択肢を増やしたい

あしらせを使うことで生活がより楽しく豊かになるよう実証実験を続けています。

目的地までの誘導ほか、会場内の誘導や待ち合わせを可能に

あしらせ_詳細

Mobility for ALLでは、視覚障がい者向け歩行ナビゲーション「あしらせ」を用いた2つの提案をしています。

一つ目は、目的地までのナビゲーションです。自宅から駅や、駅から目的地までに必要な歩行シーンをサポートします。目的地までのナビゲーションは、現在のあしらせの基本的な機能。実証実験の会場となる、岡山国際サーキットへの安全な歩行も実現できるよう準備中です。

二つ目は、目的地となる会場内のナビゲーション。あしらせの新たな機能として開発しています。例えば、お手洗いや売店等の地図上には載っていない会場内の場所への誘導を実現。

また家族や友達等、視覚障がいのある方同士で待ち合わせができるよう、位置情報を共有する仕組みも開発中です。

会場内でも正確かつ安全に歩けたり、気心知れた人達とスムーズに待ち合わせたりできれば、会場で過ごすひとときがさらに楽しい時間になるはず。

そして楽しい時間を過ごすことで、視覚障がいのある方の生活をより豊かにしたいと、あしらせの開発と実証実験を進めています。

靴に装着し振動を用いてナビゲーションする

あしらせ_アプリ

あしらせとは、視覚障がい者向け歩行ナビゲーションシステムです。振動して誘導する靴に装着するデバイスと、専用のアプリをセットにして使用します。

まずはデバイスを、靴の中へ装着。足のかかと・側面・甲に沿う形になっていて、視覚障がいのある方でも20秒ほどで装着できます。またスマートフォンのアプリを起動し、音声か画面入力で目的地を設定。あとは靴を履くだけで、外出の準備は完了です。

特徴的なのは、靴に装着したデバイスが振動してナビゲーションすること。振動するのはかかと・側面・甲左右それぞれ6か所で、振動する間隔と回数を使い分けながらルートを教えてくれます。

あしらせ_使い方

例えば右折の場合、200mくらい手前で右側が振動し、曲がり角に近づくにつれ振動する間隔が短くなります。曲がる場所では全体が激しく振動することで停止を促し、落ち着いて安全を確認しながら右折してもらう、という流れです。

振動を用いてできる限りシンプルに誘導することで、直感的に進む・曲がる・止まるが分かるのが最大の特徴といえます。

また、デバイスを靴に付けっぱなしにできるのもポイント。靴を脱いだら電源は自動でスリープ状態になり、履いたら自動で起動する仕組みになっています。充電2時間で1週間程度使用できるのも、靴に付けたままにできる理由です。

あしらせ_実証1

人は「ルート確認」と「安全確認」を同時に行いながら外出し、目的地に辿り着いています。視覚障がいのある方にとって二つを同時に行うのは、晴眼者(視覚障がいのない人)よりも難しいのです。

代表取締役の千野歩(ちの わたる)さんによると、ルート確認に集中してしまい、安全確認を十分にできず大きな怪我をしてしまう視覚障がい者は多いそう。

あしらせは、道が直感的に分かるデバイスを用いることでルート確認を無意識化し、結果的に歩行の安全性を底上げしていると話します。

開発時のこだわりやMobility for ALLへの意気込みを、千野さんにインタビューしました。

目的地となるレジャー施設との連携は「望んでいた機会」

あしらせ_靴
Mobility for ALLに応募した理由を教えてください。

千野(敬称略)
理由は大きく分けて2つあります。

一つ目は、あしらせを使うことで視覚障がいのある方の行動範囲を拡げていきたいと考えているためです。

前提として、視覚障がいのある方の移動は“日常生活で行かなくてはならない場所にどう行くか”を議論するケースがほとんどでした。もちろん、日常生活を安全安心に過ごすのは大事ですが、私達は「本当にそれだけでいいのだろうか」と考えています。

日常生活だけではなくて遊園地や旅行先等、イベント会場になるようなレジャー施設に誰も気軽に行けるような世の中になったら、より生活が豊かになると思うんです。

視覚障がいのある方が「行ってみたい」と思える目的地を増やすため、手段として開発しているのがあしらせです。

あしらせ自体の開発が進んでいる今、次のステップとして“目的地”の運営会社さんと連携し、目的地と手段をセットで考えていきたいと思っていました。Mobility for ALLはまさに私達が望んでいた機会だと思い、応募しました。

実証実験の会場となる岡山国際サーキットは、まさに“目的地”となるレジャー施設だと感じたのですね。

千野
そうですね。加えて二つ目の理由は、あしらせに「コミュニティを楽しむ機能」を付け、検証したいと考えていたためです。

視覚障がいのある方同士で出かけることは少なくないのですが、待ち合わせるのが難しいという話はよく聞いていました。

「大きな声を出さずに、待ち合わせができる機能があったらうれしい」と多くのご意見をいただいていたので、この機会に追加の機能を開発しています。

視覚障がいのある方の生活がより楽しく、豊かになるため、一歩を踏み出す後押しをあしらせができたら幸いです。

情報収集を妨げず、日常に馴染むように使える場所が「靴」

あしらせ_形
靴に装着すること自体、見たことのないプロダクトだと思いました。

千野
靴に装着しようと考えたのは、視覚障がいのある方の情報収集を妨げない場所はどこか、また日常生活に馴染む場所はどこかの二軸で考えた結果です。

視覚障がいのある方は、保有視力・聴覚・白杖(触覚)・足の裏の4か所で情報を得ています。4か所から情報が集まって初めて安全を確認でき、安心して生活できるようになるんです。

一方で、4か所のうち1か所でも情報を妨げられると不安を感じる方が多いと、以前のヒヤリングや実験で分かりました。ですので私達は、4か所以外で情報を伝えられる場所を探そうと思ったんです。

体の神経等、学術的な面からの知見を得た結果、靴への装着に一番の可能性を感じて注目しはじめました。

形を見ていただくと、足の裏に触れるのを避けているのが分かると思います。かかと・側面・甲に沿うような形にし、振動を感じやすい神経に触れることで直感的に情報を伝えられるようにしました。

あまり見たことがない形になっているのは、このためだと思います。

靴以外にも、検証した場所はあったのですか?

千野
腰に巻いたり、鎖骨に触れたりしたものもあれば、リュックに付ける形を検討したこともあります。

ただ、靴以外の場所だと使うたびに付けたり外したりする必要がありました。視覚障がいのある方にとっては、家の中で物がバラバラになると何をどこに置いたか分からなくなることが多いようで。

日常的に物を管理する難しさを感じました。

そこで、ハードウェアではあるけれどハードウェアであることをできる限り意識しないようにするにはどうすればいいか、考え始めたのです。

日常生活に馴染む場所はどこか」は、このときに加わった視点。

靴に付けたままにできれば、直感的にナビゲーションできるとともに、生活の中に新たな動作が加わることがほぼなく歩行をサポートできると思っていました。

直感的にルートが分かると、歩行の安全性を底上げできる

あしらせ_実証2
何度か「直感」という言葉が出ていますが、開発上のこだわりでしょうか?

千野
直感でルートが分かることは、本当に大事だと思っています。視覚障がいのある方が目的地までのルートをあまり考えずに行けるようになれば、歩行中は安全を確保することに集中できるようになるからです。

身内の事故がきっかけであしらせの開発を進めてきましたが、視覚障がいのある方100名以上にヒヤリングをしてきて気が付いたことがありました。それは「ルート確認と安全確認を同時に考えながら歩くのが、いかに難しいか」ということ。

例えばある方は、田んぼの横の道を歩いているときに怪我したことを教えてくれました。

「電柱の〇本目を右に曲がる」という覚え方をし電柱の数を数えながら歩いていたそうです。でも数えることに集中するあまり、足元に注意が及ばず滑って転倒

ひとつのことに集中すると、ほかに注意するべきことに注意できなくなってしまうのは、晴眼者でも経験があるのではないでしょうか。

なので私達は、ルートを振動で伝えることで直感的に歩く方向が分かる状態を目指してきました。頭の中で一生懸命にルートを考える必要はなくなるので、その余白で安全に歩くことへ集中できます。

安全に直接寄与するシステムではありませんが、結果的に歩行の安全性を底上げしているわけです。

振動でのナビゲーションは、シンプルに・正確に・早く

あしらせ_開発
直感でルートを伝えるために、具体的にどのような工夫をしていますか?

千野
ナビゲーションのシンプルさ正確さ、そして情報を伝える早さです。振動で伝えているのは左右の方向と、進む・曲がる・止まるのみ。

それ以外の場所や住所の情報は、白杖や足の裏で触れたり、アプリの地図や音声案内を使ったりしながら確認します。

本人の安全確認やアプリに頼ることで、靴に装着するデバイスではシンプルなナビゲーションに特化しました。

また靴に付けることでどの方向を向いているかすぐに把握でき、情報の正確さと早さを実現しています。

もし位置情報だけが分かるシステムだったら、東西南北どの方向を向いているかまでは把握が難しく、目的地に辿り着くまで時間がかかってしまうかもしれません。

どこでも行けると思っていたのは、勘違いだった

あしらせ_実証1
視覚障がいのある方にも、何度も履いていただいたと聞いています。どのような感想がありましたか?

千野
「私は1人でどこでも行けます」という言葉は特に印象に残っています。

「1人でどこでも行けると思っていたけど、今まで僕が行けると思っていたのは職場等の“行かなければならないところ”だったよ。どこかで面白そうなイベントがあっても、おいしいご飯屋さんがあると聞いても、そこには1人で行こうと思っていなかった」と。

どこでも行けると思っていたのは、勘違いだった」と言うのです。この感想を聞き、私自身非常にハッとしました。

「出かけたい」と思ったときに、すぐに靴を履いて出かけられる状態をつくること。それが日々繰り返されることで、レジャー施設のような非日常的な場所にも行ってみよう、チャレンジしてみようという気持ちになるのだと感じました。

実証実験当日は、会場内の誘導や待ち合わせを実施

あしらせ_誘導
ダミー画像
10月15日・16日に、岡山国際サーキットで実証実験を控えていると思います。当日に向けて、現在はどのような準備をしていますか?

千野
視覚障がいのある方に、岡山国際サーキットでの時間をいかに楽しく過ごしていただけるかを考え、準備を進めています。

具体的には、地図上には載っていない場所をアプリに反映させ、当日に試せるよう準備中です。地図上に載っていないのは、例えばお手洗いの場所等です。

事前に岡山国際サーキットに行き、お手洗いの場所等の緯度や経度を測ってきました。今はそれらをアプリに反映させ、ナビゲーションできるように調整しています。

また、視覚障がいのある方同士が待ち合わせできるように準備しています。実証実験当日は、実際に視覚障がいのある方に会場へ来ていただいて実験する予定です。

これまでと同様、サーキット会場でもルート確認を無意識化し、安全確認に集中しながら気心知れた方々と過ごす時間を楽しんでもらえたらと思っています。

あしらせで歩行をポジティブに、生活を豊かにしたい

あしらせ
最後に、応援してくださる方へメッセージをお願いします。

千野
私達は、障がいのある現状をマイナスではなくゼロと捉え、そこからいかにプラスにしていくか、生活を豊かにしていくかを考えてプロダクトを作っています。

Mobility for ALLに応募したのも、あしらせを通して生活をより豊かにすることに挑戦できると感じたからです。

視覚障がいのある方がいろいろな場所に行くことをポジティブに捉え、行った場所では存分に楽しめるような社会になるよう寄与していきたいと考えています。

最後までがんばっていきますので、応援よろしくお願いします。

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