レーサーの臨場感を全ての人に!レーシングカーと人がシンクロするモータースポーツ

光吉博士・感情地図

マシンとパイロットが感情を共有することで操縦する。そんなアニメーションの世界の技術を実現させようとする研究があります。

東京大学の光吉俊二(みつよし しゅんじ)博士は、フォーミュラレースにおけるレーシングカーの感情を読み取り、レーサーのみが体感している世界を観客にも伝える技術の開発を続けてきました。

レーシングカーの感情を理解するための手がかりは、光吉博士によって考案された生体現象と感情の関係を把握した感情地図。そして、無生物であるレーシングカーから自我を読み取る技術の開発にも挑戦しています。

マシンとパイロットのシンクロを目指す技術が、どのように実現されるか、そしてどのような世界をつくるかを紹介します。

サーキットの課題は、レーサーと観客の距離

レーシングカー

フォーミュラレースのようなモータースポーツでは、レーシングカーもレーサーも極限の状態で競い合っています。

例えば、時速300kmを超える高速走行や、数秒で時速100kmに至る急加速。レーシングカーには、公道を走行する自動車とは比較にならないほどの負荷が加わっているのです。

また、操作を少しでも間違えれば大事故に至るフォーミュラレースでは、レーサーは常に命をかけてレーシングカーに搭乗しています。機械的にも精神的にも、日常生活とはかけ離れた状況が、モータースポーツでは発生しているのです。

一方で、サーキット会場の観客席からレースの白熱した状況を肌で感じ取れるのは、レーシングカーが目の前を通過するときのみ。サーキットに設置されたモニターでレースの状況を確認するというのが、現状のサーキットでの観戦です。

光吉博士は、感情地図や人工自我を用いて、極限にある状態にあるレーシングカーやレーサーの状況を、障がい者を含めた観客へ伝える技術を開発しています。

レーシングカーやレーサーの状態を感情に変換する技術「感情地図」とは?

感情地図

サーキットを走行するレーシングカーの状況を観客に伝えるためには、人間が理解できる情報へレーシングカーの状態を変換する必要があります。そこで登場する技術が、ソフトバンクロボティクス株式会社が開発した独自のアルゴリズム

レーシングカーのエンジンや車体に取り付けられた温度センサー、振動センサーから得られた無数の情報を、人間の生体現象に変換し、レーシングカーの状態を生体情報として捉えられるようにします。

さらに、光吉博士が考案した生体情報と感情の関係を整理した「感情地図」を用いて、レーシングカーから得られた生体情報を、人間が理解できる感情に変換するのです。

つまり、激しいレースの中で時々刻々と変化するレーシングカーの状態を、感情の変化として誰でも理解できる仕組みを構築しています。また、レーサーの声色から感情を分析し、感情地図を利用することで、レーサーの精神状態も理解できるようにしています。

レーシングカーやレーサーの状態を感情として人間が理解するための開発を、光吉博士は進めているのです。

モータースポーツを誰もが感じ取れるものに

感情地図とはどのようなものでしょうか?

光吉(敬称略)
感情地図とは、人間の身体にある物質から生じる生体現象と、その生体現象によって生じる感情の関係を整理した地図のようなものです。人間の感情を4500語以上の言葉で分類して、さらにおよそ200語程度に振り分けています。

感情地図によって、身体と感情の繋がりが可視化されて、人の感情を目で見て理解することができるんです。感情認識ができる人型ロボット、Pepper(ペッパーくん)にも導入されています。

ペッパーくん
感情地図を活用してどのように障がい者に情報を届けるのでしょうか?

光吉
フォーミュラレースのようなモータースポーツでは、レーサーはカーブのギリギリを攻めたり、急加速したり、競争で勝ち抜くために命の危険を覚悟した上でレーシングカーを操作しています。

また、高速走行や急加速では、レーシングカーにも機械的に激しい負荷が加わっているでしょう。精神的にも、機械的にも極限の状態にあるにもかかわらず、現状観客がレーサーやレーシングカーの状態を感じる方法はありません

しかし、感情地図を利用することで、レーサーだけが感じている世界が可視化できるので、リアルタイムで観客に伝えられるようになるんです。

レーシングカーやレーサーの状況を感情として人が理解できる情報にして、さらに音声や映像にして観客に伝えます。レーサーしか味わえない感覚が、障がい者にも届けられるようになります。

レーシングカー2

人工自我を持つレーシングカーの開発

人工自我をモータースポーツに導入する理由は?

光吉
レース中は、どのような手段を選んでも、レーサーに危険が伴うような場面、つまり「トロッコ問題」のような状況においては、正解がない選択を迫られます。

既存のAIは、過去に起きた事象のみを学習して生成するモデルなので、過去に事例がなく正解がないようなトロッコ問題においては、操作を自律して選択することは不可能です。

しかしながら、自我を持つレーシングカーであれば、勝利のために正解のないような状況でも判断できます。これがモータースポーツにおいて人工自我が求められる理由です。

トロッコ問題

「ある人の命を救うために、他の人の命を犠牲にするのは許されるのか?」という倫理的、道徳的なジレンマが生じる問題。「トロッコ」という言葉は、「制御不能になったトロッコの進路を線路の分岐器で選択する際に、線路上にいる5人の作業員、あるいはもう一方の線路上にいる1人の作業員、どちらを犠牲にすべきか?」という問いに由来している。

トロッコ問題
レーシングカーが人工自我を持つためにどのような開発をしているのでしょうか?

光吉
現状は、レーサーの操作によってレーシングカーが応答し、感情地図を通じてレーシングカーから感情が得られます。しかし今、私達が取り組んでいるのは、レーサーの操作によって生まれる感情だけでなく、レーシングカーの自律した感情を得ることです。

人間には意識と無意識があるといわれていますが、実は科学では扱えていない未知の領域です。既存の数学では意識と無意識を扱うことはできないので、新しい数学が必要になります。

そこで、意識と無意識の間を計算するような、新たな演算をつくりました。

この演算を利用することで、感情地図を介して得られる意識の部分から無意識の部分にアプローチして、レーシングカーの自律的な自我を得ようと試みています。

意識と無意識

人工自我がつくる新たな世界

レーシングカーの人工自我を搭載する技術が目指すものは何でしょうか?

光吉
「新世紀エヴァンゲリオン」に登場するパイロットとエヴァンゲリオンの関係のように、レーサーとレーシングカーがシンクロするような技術を実現させようというのが私の想いです。

これまで日本は科学技術や工業技術を諸外国から導入して成長してきましたが、今は技術的に中国等に先を行かれている印象を受けます。一方で、アニメーションの分野では、日本独自のコンテンツが誕生してきました。

世界に先駆けている日本のアニメーションに登場する技術を実現するというのが、私の研究です。世界をリードする魅力的な技術として、多くの人を惹きつけると思います。

マシンとシンクロ
具体的にどのような分野で人工自我は何に役立つのでしょうか?

光吉
人工自我の応用先は、公道を走行する自動車の自動運転です。自動運転の課題として、事故時にどのような動作を決定するかというものがあります。

事故の多くは過去の事例のない特異な状況がほとんどで、どのような選択をしても危険を伴うような「トロッコ問題」です。

既存のAIでは解決できない課題に対して、フォーミュラレースで培った人工自我の技術を応用しようと考えています。

レーシングカー3

おわりに

アニメーションの中で描かれている空想の技術は、エンターテインメントとして多くの人を魅了してきました。特に、人間と機械が感情を共有するというのは想像上の話で、起こり得ない出来事として楽しんできたでしょう。

実現しようとすると、空想の技術であるにもかかわらず、障がい者を支援する技術や自動運転を実現する技術として実用性があるということには驚きました。

日本が先駆けてきた独自の文化であるアニメーションをヒントに、障がい者を支援する技術が誕生するというのには誇らしさを感じます。今後、アニメーションの世界で描かれた空想の技術がどれぐらい実現していくのかが楽しみです。

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