メタバースを利用しレース会場に潜むハンディを探す。「すぐ創る課」が支援する福祉メタバース

福祉メタバース

九州工業大学のメンバーで構成された「すぐ創る課」は、障がいや病気によって日常生活で困っている人、また高齢者を最新技術で支援する学生団体です。個別性が高く研究やビジネスとして非常に取り扱いにくいニーズに答えるために、「すぐ創る課」は設立されました。

代表という立場で「すぐ創る課」の中心として活動しているのは、九州工業大学 大学院生命体工学研究科生命体工学専攻 博士後期課程1年生 山﨑駆(やまさき かける)さんです。

Mobility for ALLではメタバースを利用し、仮想空間内につくった岡山国際サーキットで、いろいろな障がいを持った人達へ向けた「会場に潜むハンディ探し」を実現します。

「役に立つもの」を“すぐにつくってすぐに渡せる”仕組み

3Dプリンタで印刷した自助具
3Dプリンタで印刷した自助具

「すぐ創る課」代表、山﨑さんの指導教員である柴田智広(しばた ともひろ)教授の研究室(通称:柴田研)は、福祉ロボットの研究開発や、スマートライフケア共創工房という介護イノベーションを起こすための施設を運営しています。研究活動は、いろいろと考えることが多く、とても長い期間がかかるもの。

障がい者の方に被験者として参加してもらうのはよくても、その被験者へ向けたフィードバック自体、または役に立つものをつくることが遅れてしまいがちです。この事実は、柴田教授も長年の課題だと考えていました。

そこで山﨑さんは、研究室にある3Dプリンターを使い「役に立つもの」を“すぐにつくってすぐに渡せる”仕組みをつくろうと思い立ったのです。

柴田研IREX2022展示チーム
柴田研IREX2022展示チーム

その考えがもととなり、「すぐ創る課」は2021年4月に九州工業大学の公認学生団体として設立されました。(2022年10月現在で17名在籍)

小さなことでも、まずはできることから活動を進めていくと同時に、より多くの人に知ってもらうために、例えばロボットをつくってみたり、メタバースのソフトウェアをつくったりといった活動をしてます。

2つのバランスを図りながら「すぐ創る課」の知名度を上げつつ、助けられる人を増やしていく。最終的には活動が様々なところに広まり、障がい者の当事者への「3Dプリンターの使い方」の教育や、研究室にあるその他機器を使いながら、一緒に役に立つものつくりをしつつ、最終的な自立を促す方向に今後は舵を切っていこうと考えています。

「すぐ創る課」の2022年度の主な成果

モバイルチェア
モバイルチェア

「すぐ創る課」は社会実装型福祉DXデジタルトランスフォーメーション)をビジョンに掲げ、活発に活動を続けています。

「すぐ創る課」の2022年度の主な成果を紹介します。

・先天性ミオパチー患者の呼吸器アダプター、スピーカー取り付け治具の開発

・脳性まひの子供が介助ありで自ら車いすを操作できるジャイロコントロールソフトウェア開発

・着衣介助を行いやすくするためのモバイルチェア作成

・北九州市主催北九州IoT Maker’sの最終審査に2件選抜

・(公財)テクノエイド協会のシーズニーズマッチング交流会にて「福祉機器の利用と開発の状況」について招待講演

・西日本国際福祉機器展に福祉機器を展示

・ひびきの小学校と初の小大連携イベントの実施,併設展示会の実施

・ミスミ特別支援団体に認定

・当事者と介助者を対象とした自助具の作り方を学ぶハンズオンを実施

すぐ創る課の社会実装型福祉DX活動│柴田教授のひびきの放送局 (Prof. Shibata’s Blog)

代表の山﨑さんは、これらの活躍が認められて、九州工業大学から令和4年度学生表彰社会貢献賞の部)を受賞しました。

メタバースを福祉にも

「すぐ創る課」のMobility for ALLでのプロジェクトは、「メタバースで会場に潜むハンディを探し出せ!」です。メタバースを利用するとのことですが、どのように利用し、またなぜメタバースの活用に行きついたのでしょうか。

代表の山﨑駆さんに話を聞きました。

大きなプラットフォームをつくる

どんな人を対象としたプロジェクトですか。

山﨑(敬称略)
メタバースの可能性がまだ福祉の方に向いていないので、福祉の方に向けたときに、メタバースがどんなふうに使えるかと考えました。その結果いろんな人、いろんな障がいを持たれる方々全員が使える“大きなプラットフォーム”をつくろう、と思ったのが最初のアイデアです。

恐らく今後、メタバースは様々な人が使っていくであろうと考えています。今回はその中で車いす利用者に向けたサービスをつくろうと思い、活動を行っています。

まずは車いす利用者、そして次第に視覚障がい者、聴覚障がい者等へフォーカスしていけるようにと考えています。

今回のプロジェクトを立ち上げた経緯等について教えてください。

山﨑
「すぐ創る課」では“福祉×工学”をメインにやっていて、メタバースの利用をずっと考えていました。理由としては、メタバースがあれば研究室に来なくても、外から遠隔でロボット等を操作できるからです。

あるいは個々の研究室を使いたいと思ったとき、なかなかここへ来るのが難しいような障がい者の方々や高齢者の方々等が、自宅から研究室の3Dプリンター等を使えるような環境を整えようとも考えていました。

Mobility for ALLの募集要項を見て、メタバース利用の発想が使えそうだと思いプロジェクトを立ち上げました。

開発中および使用中の様子
開発中および使用中の様子
利用しているテクノロジーには、どんなものがありますか。

山﨑
レース会場を再現したメタバース内にAIエージェントを配置していて、そのAIエージェントを使い、あらかじめレース内場内を探索してもらいます。そうすることにより、障がいを持った方々がレース会場内の特定の場所へ行けるようになる仕組みです。

特定の場所といえば、例えば岡山国際サーキット内にある自動販売機やトイレです。この2つは障がいを持たれた方、障がいを持たれていない方でもよく使われますよね。自動販売機やトイレまでの道のりは、どういう経路を辿ればスムーズに行けるか、ということをAIに教えています。

ちなみにAIは基本的に、データがあってそれを学習させるのが基本となります。しかし今回は学習データがいらないAIを使っています

“福祉×メタバース”という考え方

サーキットの3モデル
サーキットの3Dモデル
こだわっている点はありますか。

山﨑
できるだけ現実に近くつくること、現実を模写したような形でつくることや、メタバースの中では車いすを使って移動できるようにしているんですが、走行などの感覚をできるだけ現実に近づけることにこだわっています。

またVR等は、いわゆる“VR酔い”が激しいので、できるだけ軽減してユーザビリティが高いシステムをつくろうという点にも注力しています。

ただし、現実に近づけるといってもミリ単位では再現していません。でも段差の高さや階段の段数、地形の勾配とかはかなり精密に再現してます。

左:Webアプリケーション 右:実地計測
左:Webアプリケーション 右:実地計測

そのため実際に岡山国際サーキットへ出向き、iPhoneを使って地形を3Dスキャンしました。また、Googleマップ国土交通省が出しているデータ等を使い再現性を高めています。

その他、天候の変化も考えています。例えば、雨が降ったときには「この辺りが滑りやすい」等ですね。また、会場内でイベントがあるから人が増える、というところまで再現できればいいなあと思っているところです。

どのような方法で、事前にメタバースを体験できますか。

山﨑
VRWebアプリケーションをつくりました。2種類つくった理由は2つあります。

まず1つめは、実際に会場へ足を運ぶ方が、来る前にWebアプリケーションで会場を確認することによって「トイレがどこにある」や「自動販売機がここにある」とわかったり、「雨が降ったらこういうことが想定される」等を事前に学習できたりします。

Webアプリケーションの画面
Webアプリケーションの画面

2つめは、障がいを持たれている方以外の方々が、実際にVRやWebアプリケーションを使って、今まで見えなかった視点というのを感じてもらうためです。

Webアプリケーションのほうは、事前に会場へ来る方にあらかじめURLを発行しておきます。そしてWebアプリケーションを体験したあと、実証実験のある10月15日・16日はVRを実体験していただきます。

体感者にどのような「体験」、またどのようなことを「感じて」ほしいですか。

山﨑
今、メタバースは結構バズワードになっていて、まだエンターテインメントから抜け出せていないと思っています。そんな中、メタバースは福祉分野でも応用できる可能性があることを、まずは体験していただきたいです。

メタバース空間でしかできないこと、例えば、現実の世界であれば段差が低くても車いすで進めないことが多いのですが、メタバース空間上だと、簡単に段差をこえて進むことができるんですよね。

それは現実世界でやろうとするとなかなか難しいんですが、メタバース上だと自分の体の特徴とかを自由にパラメータで調整できます。そのことによっていろんな人の体験ができるし、いろんな人の視点を味わうことができる、これが一番体験してほしいことになります。

また“福祉×メタバース”という考え方がより広まっていって、我々以外にも、福祉分野でメタバースを活用する、アプローチするような企業や個人が増えればいいのかなと思っています。

おわりに

健常者が普段何気なく過ごせているのは、なんのハンディもないためです。今回の実証実験の会場である岡山国際サーキットでは、「自動販売機まで行って飲み物を買う」や「トイレに行く」等、楽々と行動できかつレースを楽しむことができるでしょう。

一方でハンディを持っている人達は、数々の苦難が待ち構えています。そのため、わざわざ会場へ出向こうと思わないかもしれません。また、楽しむための“仕組み”がない場合、純粋に楽しむことが難しいかと思います。

しかし、それらの問題を解決するのは、健常者の役目かもしれません。「こうすると楽しめるかも」といった“一方的”な想い・考えだけではなく、実証したあとにハンディのある人達からのフィードバックが必要です。

「すぐ創る課」代表である山﨑さんは、常にそれらを追い求めているのです。

すぐ創る課_アイキャッチ

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